私は借りをつくることがあまり好きではありません。
「貸し借り」の世界とはあまりうまく付合えていないと言えると思います。
これは、
「借り = 弱み」
つまり、
「借りがある = 弱みを握られている」
と考えていることが多いため。
完璧主義が表面に表れていますね。
また、
「借りがある」
ということは、わかりやすく言い換えると、
「お金を支払う義務がある」
ということ。
自分があまり詳しくない分野でぼったくられることを恐れていることもあります。
昨日の投稿ではありませんが、生存本能が本能的に働いているのでしょう。
しかしながら、誰かが「貸す」ためには誰かが「借りる」必要があります。
貸し手ばかり存在しても残念ながら続きません。
ちょうどコインに表裏があるように、貸借は表裏一体です。
※参考バックナンバー:
vol.90:人間関係は貸借対照表のごとし
⇒ http://sonshitemoiinkai.sakura.ne.jp/wp/?p=254
さて、私自身、
「貸せるものがないから借りられない」
という思考が大きく根付いていると思います。
つまり、
「誰かから借りるためには、お金を払わなければならない」
ということ。
學生ならばお金の代わりに時間を費やす方法がありますが、社会人となっては時間を費やす方法はなかなか厳しいもの。
だからこそ、
「貸せるものがあるから借りる」
言い換えると、
「自分で価値を提供できるから相手から価値を提供してもらう」
という考えがあります。
しかしながら、何かを成し遂げようとするならば、他人の協力は必要不可欠でしょう。
だからこそ、自分の提供価値が完璧ではなくとも、貸し手に回る必要はあると言えるでしょう。
この一歩に踏み込めたとき、新たな景色が見えるのではないでしょうか。
最後までお読みいただき、ありがとうございました!
【本日の視点】
■借りをつくる余裕を持つ
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