読者の皆さまにとって、學歴とはどのようなものでしょうか?
「エリート官僚へのチケット」
(官僚はほとんど東大卒ですね)
「マッキンゼー新卒で応募する権利」
(マッキンゼーの新入社員はほぼ100%東大大学院・京大大学院・東大・京大で構成されるとどこかで読んだ記憶があります)
「安定した終身雇用への入口」
と答えはいろいろあると思います。
また、
「そもそも考えたことがない」
という方もいらっしゃるかもしれません。
ふくはらなりの回答はありますが、折角の機会ですので、少し考えてみましょう。
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自分なりの回答はできましたか?
では、私の回答を。
私は
「そのとき頑張った証」
と考えています。
「将来安定への権利証」
ではないと考えています。
実際、
「學歴がある = 仕事できる」
ではありませんし、大學のとき東大生と定期的に交流する機会がありましたが、
「東大生と言えども同じ人間だな」
と感じていました。
『金持ち父さん』シリーズで著名なロバート・キヨサキ氏も、
「いい大學を出ていい企業に就職して終身雇用の下働くことは、貧乏父さんの考え方」
というような記述を著作にてされていたかと思います。
ただ、學歴が意味がないものかというと、そのようなことは全くないと考えています。
たとえば、學歴と知的な能力は正の相関関係があると感じています。
また、名前は伏せますが、ある経営者は大學に行かずに起業して、後で苦労することになり、一所懸命勉強したそうです。
こう考えると、學歴はすべてではないけれども、あるに越したことはなさそうですね。
最後までお読みいただき、ありがとうございました!
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