視点提供録 vol.523:病院の長時間労働にかんして考えたこと

元々、

 

「仕事は人生に於いて大きな時間的割合を占めるものである」

 

と考えているため、仕事のやり方にたいするアンテナは比較的立っている方だとは思います。

 

だからでしょうか、最近、病院の長時間労働のニュースをよく目にするように思います。

 

1つの面から見る限りでは、

 

「あり得ない」

 

と思うことでしょう。

 

しかしながら、病院の長時間労働は1つの側面から考えるのではなく、複数の側面から考える必要があると思います。

 

 

 

具体的に考えてみましょう。

 

病院の仕事は何かと聞かれたときに、読者の皆さまは何と答えるでしょうか。

 

いろいろな回答があるかと思いますが、究極の回答はこれではないでしょうか。

 

それは

 

「患者の命を救うこと」

 

です。

 

では、命を救うためにはどうしたらいいのか。

 

答えは簡単ですね。

 

病院が稼働していることで命が救われるのです。

 

逆に言えば、病院が開いていないことにより、失う命もあるかもしれません。

 

しかしながら、お医者さんや看護師さんも生身の人間。

 

自分自身の氣力・体力には限界があるものでしょう。

 

ただ、自分が休むことで救えない命もあると思うと、非常に悩ましく心苦しいことだと思います。

 

 

さて、雇用者がいる会社経営も(レベルは違いますが)同じようなものではないでしょうか。

 

経営者は雇用者の生活を背負って事業を営んでいます。

 

別の言い方をすると、他人の命を背負っているもの。

 

非常に重いものを背負っています。

 

 

 

たしかに、病院と異なり、本当に命を失うことは間近ではないかもしれません。

 

しかしながら、自分が休んでいることで命を危ぶませる可能性があるのは非常に怖いもの。

 

とはいえ、医者も「医者の不養生」という言葉があるとおり、自分自身が大変になっては元も子もないでしょう。

 

自分も相手も両輪を上手に走らせることはなかなか難しいものですね。

 

最後までお読みいただき、ありがとうございました!

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【本日の視点】
■自分も相手も上手に走れるように考える

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