視点提供録 vol.325:対価をきちんと受取れない理由は○○だった

■私は

「受取る」

という行為が苦手です。

 

たとえば、

誰かから

「手伝うよ」

と申出をいただいても

「ありがとう。
でも、今は大丈夫。」

と断ってしまう性分です。

 

小学生のとき

「電子辞書あげる」

と言われても、
もらわなかったという伝説(?)もあります。

 

 

■世の中に
自ら働きかけようとしている側にいると

「無料の裏には有料のものがある」

とか

「フロント商品」
「フック商品」

と呼ばれる

「お試し」

的な商品やサービスの裏には

「バック商品」

という

「本当に売りたい商品」

があることを知ってしまっているからか、

「こういう課題を解決する商品やサービスあるよ」

と提案をいただいても、

「自分の商品やサービスを売りたいだけでしょ」

という穿った見方をしてしまいます。

 

一方で、
私自身は

「価値提供したくてしたくて仕方がない。
しかし、受取り手がいない。」

という状況。

 

冷静に考えてみると、
与える側と受取る側が入れ替わっているだけで、
実態は同じだなと思います。

 

 

■「受取る」

という行為は大切な行為ですが、

「受取る」

ことは
抽象化すると

「他人の行為を受入れる」

ことではないでしょうか。

 

社会人は

「他人にレールを敷いてもらう」

ことではなく

「自分でレールを敷く」

ことが求められれています。

 

このため

「受取る」

という一種の

「他人にレールを敷いてもらう」

という行為が
なかなか受取れません。

 

 

■同様に、
自分が提供するサービスにたいしても、
同じサービスを提供している方々と
同じ金額を提示することに
躊躇いを感じています。

たとえば、

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も、
投資金額・時間にたいして
5,000円は安いなと思っています。

 

実際、

「本代」

やら

「本を読む時間代」

やら

「リサーチ時間代」

やら

「アイテム代」

やらを考慮すると、
5,000円はすぐに元が取れると思っています。

 

自分で金額設定を行っておりますが、
堂々と受取ることには
まだ抵抗があります。

 

 

■では、
なぜ対価を堂々といただけないのか。

 

私が思うに

「苦労していないのにお金をいただいてはいけない」
「自分にとって簡単にできることでお金をいただいてはいけない」

という思いがあるのではないかと思います。

 

実際、

「シンプルなコーディネート」

「物事の解釈を提供すること」

「法人経理」

などは
労せずして行うことができます。

 

そして、
世の中は、この

「労せずして行えること」

をお互いに行う構造になっていると思います。

 

また、
このような世の中であってほしい
とも思っています。

 

それでも尚、
受取るのが苦手という
現実があります。

 

 

■四書五経の四書

(『論語』『大學』『中庸』『孟子』)

の1つに

『中庸』

とあるように、
バランスが取れていることは
生きていくうえで非常に重要です。

 

「与える」

という行為と

「受取る」

という行為のバランスが取れている方が
幸せな方のように感じています。

 

「労せず」

にたいして
もっと自己評価を高めることが
大切なのかと思う次第です。

 

最後までお読みいただき、ありがとうございました!

 

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【本日の視点】
■労せずにたいしてもっと評価を行う

 

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