視点提供録 vol.610:自分より細かい人が現れたら・・・

人生において、自分より細かい人が現れることは一生ない、とは言い切れないだろう。


こういう人と出会ったとき、大雑把な方から見ると

「うるさい」
「面倒」

と思うかもしれない。

ただ、細かい人は本当にうるさくて面倒な嫌なヤツなのだろうか。

「細かい」

を言い換えると

「氣を配れる」

と言えるのではないだろうか。

「氣を配れる」

とは

「相手のことを考えている」

ということではないだろうか。

(私ができているかどうかはさておき・・・)

もちろん、100%正しいわけではないが、細かい人ほど相手・周囲のことを考えている・氣にしている傾向にあるのではないだろうか。

そして、大切なのが

「そのレベルで細かい人がいる」

ということではないだろうか。

たとえば、見込み顧客の方が自分よりも細かければ、お客様になりにくいのは想像に難くないのではないだろう。

もちろん、こういう人はお客様ではないと割り切ることもできる。

ただ、そうすると、現在の自分と合う人しか寄らなくなるだろう。

この選択肢も悪い選択肢ではないが、できることならば、いろいろな人と上手に付合いたいものではないだろうか。

また、

「景氣」

と言うが、

「景金」

という言葉はない。

つまり、景氣がいい( = お金がたくさんある)状態になるためには、氣を配れるかどうかだ。

特に、現在の日本は全体的に物質的に豊かであるため、1人1人に合わせた( = 相手のことを考えた)対応がより求められるかもしれない。

では、細かい人間を排除するとどうなるだろうか。

おそらく、企業で言うならば、継続しないだろう。

大雑把で自分中心の企業が続くとは予想しにくい。

もちろん、細かいと前に進みにくいという弊害もある。

ただ、

「そのレベルで細かい人がいる・氣を配っている人がいる」

ということは意識しておいて損はないと思う。

自戒を込めて・・・

 

 

最後までお読みいただき、ありがとうございました!

 

 

▼「視点提供録」バックナンバーはこちらから

コメントする

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です