視点提供録 vol.594:人生とは切れ負けの将棋の対局の如し

私の趣味の1つに将棋があります。


将棋の勝負(対局と言います)には「持ち時間」というものがあります。

「持ち時間」とは「指すまでに考えることが許される時間」と言い換えることができます。

たとえば、持ち時間1時間の対局は、

「あなたが指す順番になってもすぐに指さなくてもいい時間が1時間あります」

という意味です。

プロの対局はこの持ち時間が0分になっても、その後1手○○秒以内に指せばいいという「秒読み」という制度があります。

しかしながら、アマチュアの大会での対局はこの秒読みがないことが少なくありません。

「秒読み」があると、対局が終わる時間があまり読めません。

運営側の都合といたしましては、切れ負けは時間が読みやすくありがたいことなのです。

ただ、この「切れ負け」は持ち時間1時間だとすると、1時間を使い果たしてしまうと、即負けになります。

できることならば、いくらでも考えていたいものですが、残念ながら無限に考える時間があるわけではありません。

この切れ負け対局は人生にも通ずるものがあると思うのです。

人生の長さを一局の対局ととらえると、ずっと考えているばかりでは先に進むことができません。

しかも、何もしないとそのまま時間が来てしまい負けになってしまいます。

できることならば、いつまでも考えていたいのですが、どこかで一方踏み出さなければなりません。

しかも、先が不透明な状態で一方踏み出さなければなりません。

でも、これは人生も同じなのではないでしょうか。

何か新しい行動を起こすとしても、事前にすべてわかっていることはほとんどないと思います。

わからないところがありつつも、一歩踏み出すことが大切だと思います。

人生は切れ負けの将棋の対局と似ていると感じたのでした。

 

 

最後までお読みいただき、ありがとうございました!

 

 

▼「視点提供録」バックナンバーはこちらから

コメントする

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です