視点提供録 vol.625:衝撃!? 古代、村一番美少女とふくはらの思考回路が一緒だった!?

物議を醸すようなタイトルではありますが(笑)、最後までお付合いください。

 

 

実際にあったお話なのか、神話なのか、寓話なのかわかりませんが、古の時代、

 

・飢え

・疫病

・飢饉

 

などの現象が村に起きたとき、村一番の美少女を神様への生贄に捧げる、というお話を聞いたことがある方は少なくないのではないでしょうか。

 

 

現代ならば、
 
「何ソレ!?」
 
と価値観を疑いたくなる話ではあると思います。
 
 
おそらく、生贄となった少女にも
 
「もっと生き永らえたい」
 
という想いと
 
「村のためなら・・・」
 
という想いがあったとしても不思議ではないかと思います。
 
 
特に、古代は現代のように個ではなく集団で生活していた時代。
 
 
「村全体が消滅するか」
 
 
「自分1人が生贄となり消滅するか」
 
ならば、
 
「どちらにしても自分は消滅するならば、生贄になって村を助けよう」
 
という考え方もあるかもしれません。
 
 
この考え方、古代に限ったことではないように思います。
 
 
何か実行されていないことがあったとき、
 
「誰もやらないで放置するか」
 
「無理してでも自分がやるか」
 
という選択肢があったときに、後者を選ぶ方もいるのではないでしょうか。
 
 
勘のいい方は氣がついていらっしゃるかもしれません。
 
 
私は後者の傾向にあります。
 
 
古代の村一番の美少女と同じようです(笑)
 
 
そして、この考え方を
 
「生贄思考」
 
と名付けてもいいかもしれません。
 
 
(今、思い付きました笑)
 
 
実際、
 
「全体」
 
という観点から考えると、必ずしも悪い考え方とは言えないのではないでしょうか。
 
 
なぜなら
 
「全体は存続する」
 
から。
 
 
しかしながら、
 
「誰か1人が生贄になる」
 
ことを全体が所望するかは別の話。
 
 
おそらく、望まない方が多いのではないでしょうか。
 
 
やはり相手・全体はもちろんのこと、自らも存続できるようにすることが大切ですね。
 
 
最後までお読みいただき、ありがとうございました!
 
 
 
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